
ワークショップの個人的な感想や、日頃の生活の中で、ジェンダー/セクシュアリティについて想うこと…といっても全てにつながっていると思うので、あまり限定せずに書いてます。
about sexuality : like oxygen
BBを約7年もしているのに、なんですが…
ときどき、「セクシュアリティ」とはなんだか分からなくなる時があります。
私にとってセクシュアリティとはなんだろう?
たとえば家にいて、子供と2人でいるとき。
気の許せる友人と一緒にお茶を飲んでいるとき。
冬のセールに出かけて気に入る洋服を探しているとき。
ウチのネコに餌をあげるとき。
朝、急いで保育園に子供を送っていくとき。
などなど。
こういう時は、「女性」であることも、「ヘテロセクシュアルではない」ということも、「シングル・マザー」だということも、そんなメンドクサイ社会的な立場やカテゴリーなんかを忘れて、
ただ、ただ、「MIA」としていられるのです。
それはとても心地よくて、とても気楽な瞬間と空間。
でも毎月生理になるたびに自分が「女」なんだと再認識するし、
それに付随してくる「女らしさ」を思い出してしまいます。
近所の中学生の制服(女はスカート、男はズボン)を見かけると、
学校で強制されるジェンダー・バイアスにため息が出ます。
テレビとかで「ホモネタ」に出くわすとムカッとするし、
子供にヒステリックにどなっている女性を見かけると、切なくなります。
子供と一緒に出かけると「ご主人は…」と、結婚しているのを前提に話しかけられ、そんなとき、どう訂正したらいいのか、とまどってしまうのです。
(ブルーになるのでここで打ち切り!)
私のあり方が自由であれる時、私のセクシュアリティはバックグラウンドにすーっと溶け込み、特に意識しなくてすみます。でも不自由さを感じたり、他の話と同じようにスッと話せなくなったり、自分のある面を隠さなければいけないとき、それは息ができなくなるように苦しくなるようです。
ということは、私にとって「セクシュアリティ」とは「空気」や「酸素」のようなもの?
BBは「もっといい空気が吸いたい!」ためにやってるのかもしれません。
Post Date:2002.12.09 03:02
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